Category:incu-be*02号掲載記事|Update:2008.11.10
たった1個の受精卵が分裂し、均質な細胞の集まりからやがては様々な形の組織へと分化していく。対称から非対象への構造変化。生き物の中で起こるこの複雑なメカニズムについては今でも謎が多い。「この謎が解ければ生き物の形づくりの神秘を暴けるのではないか」。そう心を躍らせているのが稲垣准教授だ。神経細胞の極性形成メカニズムの解明を通じてその不思議に追っている。
稲垣准教授は、脳のしくみを理解したいと大阪大学医学部で学生時代から脳神経の研究をしていた。神経細胞は、シグナルを受け取る複数の短い樹状突起と、それを次の細胞へと伝える軸索で構成される。その形成過程で、複数の神経突起から一本だけが伸びて軸索になる。対称な神経細胞がなぜ突然非対称になるのか。奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)に研究の場所を移した稲垣準教授は、10年間この謎に挑んでいる。
「軸索が形成される部分に非対称なシグナルがあるはずだ」。それを明らかにするために、神経細胞の中で軸索に特異的に含まれるタンパク質の検出を考え、ゲルの大きさが1m×1mという世界最大の二次元電気泳動装置を開発した。微量タンパク質の変化を見るためには、20cm四方の通常の二次元電気泳動では機能しない。この装置を使って5,000個を越えるタンパク質を検出し、そのうち軸索に多く存在する200個程の働きを調べていく中で、2006年、世界で初めて神経細胞で非対称シグナルを形成して軸索への分化を決定するタンパク質:shootin1を発見した。
shootin1は各神経突起への一過的な濃縮を繰り返しているが、ある時ひとつの突起に凝集する。これがきっかけで、その1本が軸索へと伸長する。さらに、shootin1は脳の神経細胞に局在し、軸索形成が盛んに行われる胎児期から生後間もなくの個体に多く発現し、成体になると減少することがラットで確かめられた。これらのことから、このタンパク質が神経細胞の極性形成に関与することが分った。
稲垣准教授らは引き続き、shootin1以外にも軸索の形成や伸長に関わる様々なタンパク質の働きや細胞内での動態を解明している。
「将来、このような基礎研究が、再生医療や医療現場に直結する応用研究の刺激になればと考えている」。軸索形成の鍵となるshootin1の発見も、脊髄損傷や脳卒中後の神経再生の治療法の開発へとつながる可能性を秘めているという。稲垣准教授はこれまでの経験から、一つの疑問を解明していく過程で、様々な分野の研究者の協力が新たな道を示すことがあると実感している。「学内の異分野の研究者と一週間に一回は集まってディスカッションをしている」という程、顔を合わせての交流・協力が日常的に行われるNAISTの環境で稲垣准教授の研究は急速に進展する。
「研究が細分化された今だからこそ、異分野との交流が重要です。そのために、表面的に最先端を追いかけるのではなく、基礎を理解する力を養って欲しい」。稲垣準教授が学生に向けて発信するメッセージだ。準教授は、今改めてダーウィンの進化論やニュートンの万有引力が見出された過程について勉強し直しているという。それは、古典科学に科学的なものの考え方の基本が詰まっているからだ。研究の根底にある科学の基礎という頑丈な土台の上に立ってこそ、人と実りある議論ができるのだ。それが自ら掲げた大きな問いに到達する一歩になる。(文・尾崎有紀)
「純粋にやっていて楽しい。それが今の研究の魅力ですね」と話すのは、博士後期課程3年・永井裕介さんだ。魅力的な研究テーマ・環境を求めて、いくつもの大学院を検討した結果、奈良先端科学技術大学院大学にたどり着いた。現在は、伊東教授のもとで細胞内のシグナル伝達の仲介分子『Gタンパク質』の調節メカニズムを研究している。
「我々の身体が、どうやって維持され、恒常性が保たれているのかを理解したい」と語るのは、奈良先端科学技術大学院の伊東広教授。学内制度の構築にも熱心に取り組む先生は、「この大学の研究・教育環境は非常に恵まれている」と語る。

アフリカの乾燥地帯、日差しが厳しい中で育つ野生種スイカ。この特殊な環境に存在する植物の研究に別々の視点から魅力を感じ、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)での研究に行きついた2人の研究者がいる。分化・形態形成学講座助教の宗景ゆりさんと博士後期課程2年の三田智子さんだ。